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ゴーヤを植えなかった夏 2026

  • 4 日前
  • 読了時間: 1分

毎年、夏を迎える前になるとやっていることがあります。


ひまわりの種をまき

しそジュースを作って梅シロップを仕込んで

ゴーヤでグリーンカーテンを育てる。


ここ十数年の、私なりの夏仕度です。


これができているうちは

「私はまだ大丈夫」

そんなふうに思っていました。


体力も、気力も。


今年も例年通りにひまわりの種をまきました。

しそジュースも作って梅シロップも仕込みました。


だけど、ゴーヤは植えませんでした。


時間も、体力も、少し頑張ればできたのかもしれません。


でも、しませんでした。


今年は心もカラダもこれまでとは何かが違っていました。


毎年続けてきた夏仕度が

いつのまにかノルマになっていたことにも気がつきました。


ゴーヤを植えなかった庭を眺めながら

少し寂しい気持ちにもなりました。


そんなとき、「諦める」という言葉が

ふと思い浮かびました。


「明らかに究める」


今の自分をよく見て


できること、できないこと。

やることと、やらないこと。


それらを丁寧に見極めること。


「植えない」ことは

ただ何かを手放したのではなく

いまの自分に寄り添う選択だったような気がします。


この夏、わたしは

「諦める」という言葉を

少し好きになりました。











 
 
 

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© 2023 Saegusa Junko

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